失墜コンバティブ



イギリスは最近何度も同じ夢を見ていた。
特にこれといって恐怖を与えるような夢ではない。
ただ夢見が悪いかどうかどうかと聞かれたら悪い方に分類されると思うだろう。
なんてことは無い。彼の友人である日本が暗闇の中にすうっと消えていくだけである。
しかもすぐに消えるのではなく、じわじわと、気付いたら画面が真っ暗になっていた、というものである。
ただ、日本が彼にとっては友という枠には収まっていないことと、この夢をもう何度も見ている、という点からイギリスには何か予感めいたものがあった。

しかし、この夢を見るようになってから公的にも私的にも日本と顔を会わせていたが、日本の経済が破綻しそうだとか、具合が悪そうだとかいう傾向は見られなかった。
いくら地震大国で台風に毎年襲来されている国だからといって、すぐにも日本沈没、ということはないだろう。
イギリスは予感を秘めながらも首をかしげる日々が続いた。


会議後の晩餐会も終盤に差し迫り、それぞれの宿に帰るものもちらほらと見え始めてきたとき、イギリスは日本が入り口のドアから出ようとしているのを見かけた。
時間から言っても日本はもう帰るつもりなのだろう。
彼に好意を寄せているイギリスとしては、ここはお休みの挨拶をして株を上げておきたいところである。
日本はこういう場が用意されているとき、自分がホストであることを除けば大概終盤になるといつのまにかふらっと帰ってしまっている。
年長であるためか、アメリカやフランスのように騒いだりせず、いつも一歩後ろから、しかし上のほうから皆を観察し空気に合わせている。
日本のそんな気の利くところもイギリスが好むところであった。
「日本」
イギリスは紳士的に日本に追いついたところで彼に声をかけた。


イギリスが追いついたところはちょうど会場とドアを隔てたところであり、隣からはまだ喧騒の余韻が伝わってくる。
挨拶だけ、と思っていたがやはり少しでも長く話していたくてついつい話し込んでしまっていた。
日本はこういうとき余程のことが無い限り話を切り上げて帰るなどと云うことはしない。
にこにこと笑いながらイギリスの話を聞いてくれている。

「菊」

ふわふわと幸せな気分に浸っていたイギリスに底冷えする声が響いた。
目の前で話を聞いていた日本はその声にぱっと反応しイギリスを視界から外すと声の主の方へ小走りに駆けていった。
「・・・エジプト?」
イギリスにとって予想外だった相手は日本にとってはそうではなかったらしい。
エジプトの元に行き視線を一瞬交錯させた後、日本はイギリスの方に振り向いた。
「すいません、イギリスさん。今日のところはこの辺で失礼させていただきます。なにかありましたらご連絡下さい」
「え?」
今まであれほどにこやかに話しをしていたのに。
日本の急な変わりようにイギリスは何故か焦っていた。
「ま、待てよ!」
そのせいか踵を返して返ろうとする二人に、気付けば声を掛けていた。
自分にとってこの言動が不恰好であったと恥ずかしがる前に、日本とエジプト、どちらに放った言葉かどうかもわからなかった。
そんな困難のなかでイギリスの中に一つの仮定が立つ。
それはイギリスがずっと見ていた夢と不思議にリンクしており、それが何故かこの仮定を真実とするような感覚がする。
「・・・まさか、お前ら」
イギリスが辿り付いた答えに気付いたであろうエジプトの目はいつの間にか金色に光っている。
エジプトが日本に腕を回し、その象牙の額にキスを落とすのを、イギリスはスローモーションのように眺めていた。
「嘘だろ・・・」
無意識にイギリスの口から零れた言葉に、日本が悲しげに笑う。
つまり、自分は今失恋したことになる。
そのことがイギリスの思考を可笑しくしていたに違いない。
「おい、日本・・・こっちにこいよ・・・」
きっとイギリスの表情は彼が思う以上に必死で、彼が思う以上に無様だったのだろう。
日本の目だけが悲しみの色合いを深めている。
「おい!」

「坊や」

エジプトのテノールがイギリスに冷水を浴びせたように降りかかった。

「紀元前から、やり直しておいで」



エジプトと日本が去った後もイギリスはその場に動けずに居た。
金色の目がイギリスの足を縫い付けているようだった。

頭が真っ白になっている中で一つだけはっきりと解っていることは、日本はきっと夢のようにじわじわと居なくなっていくのだろうということだった。

上から見守っていると思っていた人物は、疾うに暗闇の中に堕ちていた。
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アーサー超不憫
グプタさんの目はいざという時煌きます(←
あと、私は多分英.日.は書かないと思われ。ほら、他にネ申が沢山いるからさ・・・!
書くとしても英→日かこんな不憫ポジション(笑)





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