ヘラクレスはドアを二回ノックして部屋に入った。
真っ直ぐに菊の所まで歩いていく。覚悟は堅く決まっていた。
「菊」
人の目を見ることが苦手な菊をしっかりと見つめる。
「はい」
菊もヘラクレスを見つめ返した。目を逸らすことは許されないと解っていたからだ。
いつものぼんやりとしたそれではない視線をヴェール越しに受ける。
菊の元に辿り着いたヘラクレスは菊から一切目を逸らさずにスッとヴェールを捲くる。
「菊」
二回目の呼びかけに、菊は応えられなかった。ヘラクレスの目は澄んだオリーブ色をしている。
「菊、綺麗だ。とても、綺麗」
菊の手を取って、凪いだ目でヘラクレスは言った。
「・・・はい」
何か、言葉を紡がなくてはならなくて、しかし出たのはたったの二文字だった。
見つめ合ったまま、ヘラクレスは菊の後頭部に手を回す。
暫しの沈黙。ふと、菊はこの様な時間が続けば良いと思った。
「最後だ」
沈黙を破ったのはヘラクレスであり、またそれが二人の限界点だった。
「これで、最後だ」
ヘラクレスの唇が菊のそれと重なる。菊の化粧を崩さないようされた口付けは、今までのどれよりも短く、浅いものだった。
「・・・おめでとう、菊」
「ありがとうございます」
部屋に入ってきてからヘラクレスは初めて目元を緩めた。応じるように菊もアルカイックな微笑を返す。
菊の手をするりと離し、一歩、ヘラクレスは下がった。
「・・・じゃあ、ね」
「・・・ええ」
くるっと踵を返したヘラクレスは一度も振り返らず颯爽と部屋を出て行った。
永遠にも似たような時間は瞬間にして去っていき、部屋にはヴェールを後ろに捲くった菊だけが残っていた。
菊が涙を零すことも、ヘラクレスの目が波打つこともなかった。
後には何も無い。



失われたエンディング
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実は土日←希だと言ってみる




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