ハロウが溶けてゆく頃に
日本は初めてトルコに会った時、隙が微塵もない様に彼は生粋の戦人なのだと思ったことを覚えている。仮面を着け、口布をし、その表情は読み易いとは言えない。だが、唯一覗く目だけが好戦的に日本を射抜いていた。
来日したトルコを交流という名の下日本の邸宅に招待したことがある。その時は互いの上司も居らず、実質初めて二人きりになっていた。
案内しようと日本がトルコに背を向けた瞬間。
日本は匕首を懐に呑んでおいてよかったとこれ程感謝した日はなかった。
常人には解らないほどの鋭い殺気。これが解らなければ戦場では命取りである。
「どのようなおつもりで?」
日本からの静かな殺気を感じ取ったのだろうか、トルコはにやりと口角を上げると今度は喉を震わせて笑い始めた。
「やっぱりなぁ!あんたはそういう奴だと思ったんでぃ」
仮面から覗く目は新しい玩具を見つけた子供のように爛々としている。
それを見た日本は彼が国際問題に発展させようとして行ったことではない事を知った。最悪でも二人きりというこの状態を利用して不問にしようと思っていたのだが杞憂に終わったようだ。
「・・・厄介な方ですね」
ため息をついて匕首を収める日本にトルコは猶も嬉しそうな様子で続ける。
「サムライってぇのと一度やりあってみたかったんでぃ!勘弁な!」
「全く・・・」
呆れる日本の一瞬の隙をついてトルコは日本の顎をつかむ。
日本は動かなかった。先程の殺気はもう鳴りを潜めていたからだ。
トルコは日本の漆黒の目を見て囁く。
「あんたの目も俺と同じ、血を求めている目だ」
静寂を保つ日本の庭園にその声はするりと溶けていった。
残ったのは日本の妖艶とも言える笑みだけだった。
縁側でお茶を飲みながら日本は懐かしいことを思い出していた。
第一印象は良いとは言えたものでは無かった筈だが。
(人生とは面白いものですね)
自分の隠していたことがばれてしまった罪悪感はなかった。それは彼が同類だったからだろうか。
(・・・久しぶりに会いたい、ですね)
お互い忙しい身の上。頻繁に会うことは難しい。
ここで日本ははっと思考の殆どが彼に向いていることに気付き、目の前の夕焼けより真っ赤になった。
(・・・夕餉の支度でもしましょう)
目の前の空にもう一度目をやり、日本は踵を返して部屋の中に入っていった。
どうやら今宵は三日月のようだ。
トルコが日本に初めて会ったときに、彼は自分の同類だとはっきり感じ取っていた。
国際問題を考慮して、招かれた日本邸の庭で彼に対して抜刀した時にそれが確信に変わり嬉しさに震えが走った。彼は強い。
どの国も皆、血の匂いというのはするものだが、日本が違うのは彼がそれを欲しているというところにある。しかもそれを巧妙に、丁寧に隠している。
呆れる日本を他所に、トルコの好意は増す一方である。
(面白いもんが東の果てに居たもんだぜぃ)
トルコの目の前で彼が今までに見たどの微笑よりも魅力的なそれで、日本はトルコの心を奪っていったのだった。
思えばそれは一目惚れだったのかもしれない。
自宅から見える景色をぼんやりと眺めながらトルコは思った。
あの時から大分時間は流れ、日本はもうあの頃のような目は見せなくなった。しかしトルコには日本の本質は変わっていないという確信があった。彼はきっと自国民を守る為なら鬼になるだろう。随分弱体化してしまった自分は彼に相応しい存在になれているのだろうか。
トルコの杞憂を他所に夕闇は刻一刻と近づいてきている。
水平線に太陽が消えていこうとしている。今夜は三日月だった。
茜色と夕闇の間で三日月が星と共に輝いている。
この瞬間だけは世界で自分と日本だけになったような気になれる。
いつも真っ赤になって接吻を受け入れてくれる彼は、トルコにとっては常に背中しか見えない存在である。一番近くに居たって、常に遠くに感じる人なのだ。
数分の後、トルコは自分らしくない考えにゆっくりとため息を一つついて窓辺から立ち去った。
西の空はもう夕闇に染まり、闇夜には三日月だけが輝いていた。
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あなたは大変なものを盗んでいきました私の心dな土日(←
サディクさんが余裕無い感じになっちゃったze☆