クロッカス



遊戯は最近アテムといる時間が減っていることに気付いていた。
正確には、意図的に減らされていることに気付いていた。


武藤アテムと武藤遊戯は双子の兄弟である。一応、アテムが兄で遊戯が弟である。多くの双子は同じクラスになることが少ないが、アテムと遊戯は一度も違うクラスになったことはない。例え違うクラスになったとしても顔を合わせないのは授業中だけで、家に帰れば嫌というほど会話をしているのに休み時間にも他愛無い世間話に花を咲かせているだろう。二人は傍から見ても仲が良すぎるほど良かった。アテムは遊戯に対して過保護であるし、遊戯もそれを甘んじて受けている。遊戯曰く、ずっと一緒にいたから離れていると何だか落ち着かない、だそうである。

さて、そんな双子も別々の行動をしなければならないのが文化祭という行事である。アテムは生徒会副会長であるため、文化祭は大忙しなのである。生徒会は実行委員の上に立ち、実質この時期だけは文化祭実行委員の一員として組織に指示を出したり、学校に生徒からの要望を掛け合ったりと猫の手も借りたい程である。学校に泊り込み等という場合も在り得る。それだけ、この学校が一丸となって3日間の祭りを成功させようと必死になっている訳だが。

今も、アテムが放課後に生徒会室に行かなければならないから掃除の時間に通常よりもゆっくり掃除して話をしようと思っていたところだったのに。
(どうせ生徒会室には行くんだから呼びに来なくてもいいのに!)
遊戯の目論みは生徒会長によって阻まれた。
生徒会長の海馬瀬人は有名な海馬コーポレーションの次期会長と名高い、海馬家の養子である。彼と現会長の海馬剛三郎は血が繋がってはいないが、瀬人には血の繋がっている弟がいる。今は病気で床に臥しがちである義父に代わって、弟のモクバと代理で会社の指揮を執っている。その為に学校は休みがちではあるが、さすがに文化祭の時期は来ているようである。
瀬人はアテムと遊戯の班が教室の掃除をしようと準備している時に現れ、アテムを見つけるとたった一言、至急生徒会室に来い、と言い、その後遊戯を一瞥した後にひらりと去っていった。

ここ最近、この様な事が続いていた。

アテムと遊戯が一緒にいると瀬人が来てアテムを実行委員の仕事に連れていってしまうのだ。この現状にアテムだけではなく遊戯も苛々していた。アテムは文化祭の仕事なら仕方ないと、瀬人に対してぶつぶつと文句を言いながらも行ってしまうのだが、遊戯はこれには何か糸があると思っていた。その証拠に最近海馬からの視線をよく感じる。
(きっと海馬くんはアテムが好きで、だからボクが邪魔なんだ!)
わざわざアテムを探しに来るときに教室にいないと遊戯に聞いたり、アテムを連れて行くときに遊戯の方を一瞥したりするのも自分の優越を見せびらかしている為だと遊戯は結論付けていた。一度それとなくアテムに言ってみたがアテムは、海馬の事なんか微塵も好きではないし海馬が自分を好きだなんてありえない、いや寧ろ相棒の方が云々といっていたが、一度結論を出してしまった遊戯には自分の考えが間違っているとは思えなかった。自分の考えなら瀬人のこれまでの行動にすべて答えが出る。遊戯は自分の解に自信を持っていた。

だからこそ、遊戯が夕日の溢れる教室に残って日誌を書いているときにいつもの様に教室に入って来た瀬人に向かって、自分の片割れならもう既に生徒会室に行ったと告げたのだ。
「アテムなら、さっき生徒会室に行ったよ」
多少、瀬人に対しての言葉に棘が含まれたように聞こえてしまっても別に構わないと遊戯は思っていた。ずっと一緒だった片割れが、最近現れたような奴に急に横から強引に引っ張られているような気がして、それがどんなに自分本位な考えだと解っていても遊戯は苛立ちが隠せなかった。
「そうか。ならいい」
そんな遊戯に対して瀬人は冷静そのものだった。上に立つ者として何時でも冷静沈着なことは良いことではあるが、今の遊戯には火に油だった。
「海馬君、最近ボクたちに付き纏って何のつもり?」
「何のことだ?」
瀬人の冷静さが、かえって遊戯の苛立ちを助長させる。
「とぼけないでよ!ボクには解ってるんだから!」
遊戯は一度火が付いたら止まらないとでも云ったかのように堰を切って話し始めた。
「海馬くんはアテムが好きなんでしょう?アテムとボクを一緒にいさせない様にして。実行委員の仕事とか言っちゃってさ。ボクは海馬君をずっと見てたから君の考えてることなんて解るんだから!」
遊戯は思わず立ち上がってドアを閉めて入り口付近にいる瀬人に詰め寄っていた。最近ずっと心の中でもやもやと膨らんでいた思いを、息も切れ切れに遊戯は吐き出した。
そこで遊戯は瀬人が口を吊り上げているのに気が付いた。
「ずっと見ていた、か。着目点は良いが遊戯、お前は一つ承諾し難い間違いを犯しているぞ」
「・・・何?」
自分が追い詰めたと思ったはずなのに、その相手はこともあろうか笑っている。一瞬呆気に取られていた遊戯だったが、それを目の当たりにしてより強い苛立ちが自分の中で沸き起こるのを自覚した。
「海馬くんはどうしてボク達の邪魔をするの!?ボクとアテムの間に入って来ないで!!」
遊戯が笑われたことや諸々のせいで半ば泣きながら言い切った台詞の後に海馬を見ると、彼はもう先程のように笑ってはいなかった。むしろ、急に真面目になったような真摯な目で遊戯を見つめている。
「どうして・・・だと?」
他人に対して怒鳴ることに慣れていないことも相俟って、目からぼろぼろと涙を零す遊戯は瀬人の言葉が自分を責めているように聞こえ、ビクッと肩を震わせて壁の方に後退りした。
「それは俺が」
背中を壁に付けた遊戯を毛頭逃がす気もない瀬人は、遊戯の脇に右手を付き、左手で遊戯の顎を掬った。
「お前を」
一言ひとことを刻むように瀬人は遊戯に言葉を紡ぐ。

「愛しているからだ」

自分のした計算間違いは他人に言われないと中々解らないのと同じように。
瀬人から言われた本当の解は、それまでの事象の説明にも当てはまり、確かに瀬人が「アテムを」好きであるという一点に於いて間違っていた。

目を丸くして遊戯は瀬人を見つめる。


さて、夕日が差し込む教室と告白、特筆するなら文化祭準備期間中。これだけの好条件の中、瀬人から与えられた正解は、遊戯の涙が伝った後が残る頬を瀬人からでも認識出来る程真っ赤に染めるのに十分だった。
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社長なのに生徒会長とかきっと無理だろうからちょい軽めってことで536を病気ってことにしました。
それにしてもこの王様は報われなさ杉www





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