社長業が忙しくてなかなか学校へと足を運ぶ機会がない瀬人は、珍しく学び舎に顔を出したその日、面白い話を聞いた。
だが、面白いというのは一般論であって瀬人にとってそれは非科学的なことでしかなかった。
なんとそれは。
「使ってみろよ!魔法!」
彼のクラスメートが魔法使いだということらしい。





武藤遊戯は昔から目立たない子供だった。
その所為で格好の虐められっ子だった。
だが、彼が一時期意地悪な連中から恐れられていた時期があった。
その時から彼は「魔法」という奇天烈な能力をネタに虐められている。
しかし遊戯はいつだって事態の改善に努めようとしなかった。
長年の虐められっ子の経験から、彼はそんなことは無駄だと悟っていた。
瀬人がその話を聞いたとき、それは彼の怒りを助長させるだけだった。
瀬人は小学生のとき、かつて大人でさえ負かしたことのある自慢のデッキで遊戯に敗れたことがあった。
しかし、リベンジを誓う瀬人の前に遊戯は二度と現れなかった。
遊戯は大会は愚か、デッキを組むことすらなくなった。
皮肉にも瀬人が負けた唯一の試合が遊戯の最初で最後の大会だった。

(魔法だと・・・?全く脳のない奴らの考えることは解らんな)
瀬人は腹の底から湧き上がってくる怒りを感じながら、一方で冷静に計算をしている自分に気付いた。
(待て・・・時期的に見ると)
そして弾かれ出された答えに今度こそ怒りに顔を歪めた。
(その様な非科学的な理由ならば決して許さん!)
今日、会社へと向かう前にこの怒りを吐き出す為の理由が瀬人には出来た。

瀬人が遊戯の家の前に着いたのはもう夕日が沈もうとしている時間だった。
(・・・玩具屋、だったのか)
遊戯が瀬人を負かせた理由にはならないが、どこかで納得している自分がいた。
だが、瀬人は遊戯が玩具屋の息子だから負けたなどという言い訳をしようなどと毛頭思っていない。
学校で虐められていた遊戯は、あの後駆けつけた獏良兄弟によって事なきを得ていた。
遊戯はどうやら漠良兄弟と仲が良いようだが、獏良兄弟と云えばオカルト好きで有名な電波双子である。
その事実が瀬人の頭に浮かんだ予想をより一層肯定しているようで、腹立たしいやら、情けないやらである。
怒りを心の奥底に仕舞い、瀬人はドアを開けた。

チリンと涼しげなドアベルが鳴る。
その音に気付いた遊戯がカウンタから顔を出し、こちらを見た。
「いらっ・・・しゃい、ませ」
客がクラスメートと知って驚いたようだが、すぐにへらっと笑ってまたカウンタの中に隠れてしまった。
(全く。接客態度がなっておらんな)
自身が玩具を取り扱っている大企業の社長の為か、職業病の様にそう思ってしまう。
瀬人の会社の従業員なら、もちろん即クビである。
遊戯に一言、いやそれ以上言ってやろうと思ってきた瀬人だったが、どうせなら玩具取り扱い店としての、云わば抜き打ち調査でもしてやろうという気になっていた。
まず、接客ポイント・マイナス1である。
遊戯の店には瀬人の所の玩具もちらほら見えるが、変わった玩具も沢山有った。
(俺の社の商品を取り扱っておきながら、このセキュリティか)
この店には防犯らしき装置は見当たらなかった。
昨今、防犯カメラの一つや二つは小さな店でも常識である。
瀬人は遊戯に見えない位置で一つのカードパックをポケットに忍ばせた。
もちろん初めから盗るつもりなどない。
瀬人は文字通り腐るほどカードを所有しているし、そのカードを出している会社は瀬人の会社と提携している。
つまり、貰おうと思えば箱単位でいくらでも貰えるのだ。
それに、遊戯がこの犯罪に気付かなければ、瀬人にとって彼を罵る理由が増える利点がある。
(貴様の底が知れるわ)
瀬人がドアノブを掴んで外に出ようとした瞬間、カウンタの中から凛とした声が聞こえた。

「待って」
掛けられた言葉に感心しながらも瀬人は解せなかった。
遊戯は店内の瀬人を一回も見ていない。
「・・・何故解った」
「わざとなの?」
きつく睨み付ける瀬人を遊戯は目を丸くして見ている。
「だったら戻してよ・・・ポケットの中でしょ?」
そこまで聞いた瀬人はおもむろにカウンタへと入っていった。
ちょ、ちょっとぉ!という遊戯の非難の声を無視してカウンタに入ると、そこには瀬人が予想していたような機械はない。
モニタのようなものも一切無い。
そこには今まで遊戯が読んでいたと思われる、一冊の古そうで分厚い本が置いてあるだけだった。
「・・・貴っ様ぁ!本を読んでいて客には目も向けないなぞ、どういう事だ!」
瀬人がちらと見た本の内容は、外装に似合わず最近はやりだという西洋のファンタジィ小説だった。
「だいたい何故俺を見てもいないのに解った!?」
矢継ぎ早に怒声を浴びせる瀬人に遊戯は冷や汗を掻きつつ目を白黒させている。
「あ、え?何?」
ここに来て瀬人は本来の目的を実行した。
「貴様、魔法が使えるなどと非ィ科学的なことを言われているようだな?」
瀬人の突き刺すような視線と言葉に遊戯は息を呑んで顔を背ける。
「それ、は」
「よもや、それが理由でマジック・アンド・ウィザーズの大会に出ないのではあるまいな?」
瀬人が思いついた仮定とはこの事だった。
時期的に考えて、遊戯は魔法がなんちゃらとか言われ始めてから大会に出なくなった。
それまでは公式には出ずとも町内会などの小規模なものには出ていたようだ。
だとしたら、遊戯の性格から考えれば自明のことである。
(どうせ、魔法を使って八百長をしているなどと思われたくないからだろう)
だが、魔法など当然信じていない瀬人からすれば、敵前逃亡以外の何物でもない。
「!」
少し身を震わせて沈黙した遊戯の行動は肯定を示したも同然である。
「ふん・・・お前も墜ちたものだな!あんなオカルト好きとつるむからだ」
オカルト好きの漠良兄弟には誰も近寄らない。
そういえば黒魔術同好会なる変なサークルを学内に作ったという噂も聞いたことがある。
「友人は選ぶべきだったな!」
瀬人が笑い飛ばすと、遊戯に変化が起きた。
先程まで小さくなっていたのだが、今は必死になってこちらを睨んでいる。
「・・・何だ?」
「ばっ!漠良君たちを、悪く言わないで!」
何かが遊戯の琴線に触れたらしい。
(・・・ほぅ?)
そのネタを使わない手は、無い。
「奴らに関わったからお前はおかしくなったのではないのか?」
「!!」
冷笑を浮かべる瀬人に遊戯がついにキレた。
「漠良君たちは悪くない!」
「なら本当に魔法が使えるとでも?」
すばやくさらっと質問した瀬人に興奮している遊戯は勢いのまま応える。
「ボクは、魔法使いなんだからー!」
「・・・ほお・・・?」
瀬人の額に青筋が見えた気がして、遊戯ははっと気が付いた。
瀬人は静かに怒っている。
大切な友人を貶された怒りの余り、瀬人にとって一番有り得ない答えをしてしまった。
顔を青白くする遊戯に、瀬人は静かに言った。
「なら・・・証明してみせろ」
怒りの表情を通り越して、瀬人は笑っている。
「証明してみせろ!さあ!無理だろう!?結果こそすべて、そういう世の中だ!」
叫ぶ瀬人に怯えていた遊戯だったが、瀬人が放った次の一言で一瞬に決意した。
「お友達の漠良兄弟にも言っておけ!貴様らなど、社会にとって除け者だとな!」
「っ・・・!」

その瞬間、瀬人の目の前に毛玉が現れた。
「は」
しかも、目が合った。
「クリ〜?」
鳴いた。
次に見たのは真っ暗になった風景と、彼が愛し、世界中探しても彼しか所有していないマジック・アンド・ウィザーズ最強のしもべ。
「・・・は?」
青眼の白き龍がこちらに向かって咆哮する。
その振動がリアルにこちらに伝わってくる。その隣に立つ遊戯は傍らにブラック・マジシャンを置き、ブルーアイズを撫でている。
「これで、解った?」
先程の瀬人よろしく、遊戯も今静かに怒っている。
その大きさから考えて、どうやってもお前の店にはブルーアイズは入らないだろう、と物理的な事を思いながら、瀬人は意識を手放した。
「っは!やっちゃった!」
最後に聞こえたのは遊戯の間抜けな声と笑うような鳴き声だった。
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非ィ科学的☆DAー!




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