ノスタルジアのこう側


#1

急に、何の前触れも無くドアが開いたので、不覚にもサディクは読んでいた新聞に皺を寄せてしまった。
「只今帰ったよ」
「びびびびっくりさせんじゃねぇやい!」
なんでいっつもこいつは気配がしないんだ・・・とぶつぶつ呟くサディクは彼の兄に当たるグプタの方にちらりと視線を寄越した。そこで違和感に気付く。
「おい、そいつぁどうしたんだ?」
「拾った?」
疑問系に疑問系で返された、と頭の隅で思いながらもサディクの口ははっきりと驚きの感嘆詞を紡いでいた。

きく。
まだ12歳の子供にしてはしっかりとした受け答えにサディクはやはり厄介な奴を拾ってきたなと思った。
「で、お前さんは日本人だろぃ?名字はなんてぇんだい」
「・・・、・・・・ほんだ」
先ほどきく、と名乗った子供は明らかに目を泳がせて、何かに目を留めて、言った。
視線の先を辿って見ると日本車の雑誌だった。
「・・・おい」
「花の名前と一緒なのだね、菊」
グプタの空気を呼んでいるようで全く呼んでいない発言に表情の読み難い黒目は乗った。
「ええ、ご存知ですか」
菊の言葉にグプタは目の端で笑ってみせる。サディクには全く解らなかったが、菊とグプタはそれだけで通じたらしい。なんでだ。
普段の口数が少ないグプタとまともな会話の出来る少年にサディクは内心すごく驚いていた。
と、サディクの驚きを他所に玄関から人の気配がした。高校に通う三男の帰宅である。
リビングのドアが開き、一番近くのソファに腰掛けていたサディクと目が合うと途端に嫌な顔をした。ついでに、げっ・・・という呻きも聞こえた。サディクはそれだけでいらっときたが、当の本人はグプタの隣にちょこんと座っている黒髪黒目の少年を見つけぽかんとした顔をしている。
「グプタ・・・誰?」
「き・・・本田、菊と申します」
グプタに促され自己紹介をし、お辞儀をした菊の、名字の微妙な片言具合にやっぱりホンダってのは出鱈目じゃねぇかとサディクは心の中で愚痴った。
「・・・俺はヘラクレス・カルプシ」
三男は目を数回瞬いてから応えた。そしてもう一度グプタに、どうしたの?と質問した。
「拾った」
「・・・そう」
なんでだ。
「なんでそれで納得なんでぇ!?」
我慢しきれずにサディクが吼えた。ヘラクレスが良く拾ってくる野良猫じゃああるまいし。
犬・猫じゃなく、人を拾ったことに何の心配もないのだろうか。
「だぁぁっ!なんだってこんなことになってるんでぃ!」
サディクの苛々と混乱がピークに達した所で、まだこの家には馴れない涼やかな声が響いた。
「それなら私が説明を」
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こんな感じでちょこちょこ続いていく予定です。




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