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#2

菊が言うにはどうやらこういうことらしい。


グプタがいつものように趣味で開いている骨董店で品物の手入れをしていると、珍しいことに客が入って来た。更に珍しいことにその客は子供だった。
その子供は日本からの輸入品に目を留めて熱心に見入っていた。
さすがのグプタも気になり、その子供を観察して見るとどうやら東洋系の子供で吊るされている着物を見つめているようだ。
着物の次に棚に飾られていた壷に目が行ったようだ。それもまたじっと見ている。
そこでようやっとグプタに観察されていることに気付いた。
真っ黒の瞳でグプタを見て礼儀正しく挨拶した後に。
「本物ですね。室町から安土桃山の時代のものです」
と、なんと壷の評論を始めた。
これには顔には出ていないがグプタも驚いた。その子供はまだ幼いのにきちんとした観察眼を持っている。グプタの下には何故かしら贋物ではなく本物が集まってくる。グプタの目が確かであるということも有るのだが、それを差し引いても店が開ける程に、だ。周囲を見回した子供もどうやらその事に気付いたらしく目をきらきらさせている。

ひとしきり首を廻らせた子供は何かに気付いたようだった。
「店員はあなただけですか?」
なにしろ趣味で開いている店だ。今まで混雑したことなど一度も無い。人手が必要と感じたことも無く、たいていのことはグプタがやれば事足りてしまう。グプタは頷いて肯定の意を伝える。
「ならば、店員第一号は必要ないですか?」
黒目が真っ直ぐにグプタの茶色の目を射抜いている。どうやら子供は若干緊張しているようだ。
ふむ、とグプタは考えた。子供の言わんとすることは解った。どうやらこの店で働きたいらしい。
「君の、家はどこだい?」
どうやら小遣い欲しさのアルバイトではなさそうだ、とある程度アタリをつけてグプタは質問してみた。だが、これが正解だったようだ。
「・・・家は今から決めます」
家出、にしてはこの年にしては大規模すぎる。もしかして身寄りが居ないのでは、とグプタが思考に浸っている内に、子供は追い払われるとでも思ったのだろうか、大胆な行動に出た。

なんと、飾ってあった壷を地面に落下させた。

派手な破壊音が響いてグプタは我に返った。子供を見ると泣き出しそうな目を必死に隠してこちらを見ていた。
(大人びた子だ)
「今、私は不注意でお店のものを壊してしまいました。でも私にはこのような高価なものを弁償するだけのお金がありません。だから、代わりにここで働いて少しずつ返させて下さい」
自分はそんなに非常な人間に見えただろうかと心の中で苦笑いを零したグプタは一つ条件を付けることを提案して承諾した。
「条件、ですか?」
「私の家に住み込みでやって貰おう」
思わぬ好条件に子供はぱっと笑顔を浮かべると突然頭を下げてお礼を言った。
顔を上げた子供の目を見て、グプタはまだ名前を聞いていないことに気が付いた。
「私はグプタ・ムハンマド・ハッサン」
「あ!私は菊と申します」


そして、今日はもう店じまいということでこの子供、菊と帰ってきて今に至る、という事らしい。サディクは大きなため息をついた。そのため息に反応した菊がビクリと体を震わせる。
「あ・・・あの、もし迷惑でしたら次のお仕事が見つかり次第出て行きますので・・・」
サディクのため息を消極的な意味に取ったようで、話で聞く大胆さは微塵も見えずに説得力のない表情で菊は言った。
それに対する長男と、特に三男の視線が痛い。
「いや、そういうんじゃあなくてな」
唯でさえ内容の濃い兄弟なのに、サディクの心配の種は増えていく一方である。
(なんでこんな子供がそんな方法知ってんだよ!)
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