今までに沢山のことを失い、喪った。

夜の冷たい空気がひんやりとして心地良い。
同時にエジプトの心も静かに静まっていく。
夜の影というものは、昼のそれと比べると大変見分けが付け難い。
そもそも目が慣れるまでは暗闇にいるだけで視界はすこぶる悪くなる。
だが、エジプトには夜の影の方がはっきりと見えている。
自分の足元を中心に放射線状に広がるブラックホール。
覗き込んでも底は見当たらないだろう。
エジプトでさえ深さが解らないのだから、無限に続いているのかもしれない。
闇と同化する感覚。
足元から墨のように溶けていくことはエジプトにとって造作も無い。

夜になって、また今日が死んでいく。
後ろへ行く時間は二度と帰らず、人はそれを過去と呼ぶ。
(過去は何処へ行き、未来は何処へ行くのだろうか)
例えば紙に書かれた過去や未来は、何処に収束し発散するのだろうか。
エジプトの周囲に無数の人々が現れては消えていく。
今日という世界が死んでいく。

(・・・日本)
彼の中の日本も今日という日に死んでいき、明日の朝日と共に再び生まれるのだろう。
(時間に殺されていくならば、いっそこの手で終わらせてしまおう)
真っ白な着物を着た日本がエジプトに笑いかける。
その目は優しさと少しの狂気を孕んでいて、とても美しい。
現実、エジプトが日本に刃を向けることなど毛頭無いだろう。
(万が一にもその時が訪れるのなら、きっと心中してみせよう)
もうすぐ今日が終わる。
魔法が解けそうになるシンデレラは一生懸命逃げていく。
だが、日本は逃げるなど無様な真似は決してしない。
「さあ、おいで」

今までに沢山のものを失って、喪ってきた。
そして何を得てきたのだろうか。
それはきっと収束した過去にも、発散していく未来にも記されていないだろう。

そうして今日も君を喪う。
07 夜喪
(夜に喪す)